弁政連ニュース

クローズアップ〈座談会〉

「ビジネスと人権」を日本の成長戦略に
~日本企業にフィットしたスタンダード作りを~(5/6)

金融市場では「待ったなし」の状態

【柳楽】そういう意味では、金融市場が果たす役割というのも重要なのですよね。

【田瀬】ひとつ例を申し上げますと、ノルウェーの年金基金、残高が104兆円ぐらいで日本に次いで何番目かに大きいのですが、そこはしっかり自家運用していて、人権デュー・ディリをやっていない企業からの株式の引揚げ(ダイベストメント)を本気でやっています。日本の会社18社に対して2015年の5月にこのノルウェーの年金基金から書簡が届きました。この18社のうち期限までに返答したのが10社です。期限までに返答しなかった8社については、さらに「次の期限までに返さなければ、投資を引き揚げた上で、あなたの会社の実名を公表しますよ」という書簡が届いた。そのうちの数社にお話を聞いたのですが、全くそんなこと知らなかったと。去年の書簡が来た段階では、ただのアンケートだと思って答えていない企業もあった。そうしたら今年になって突然の最後通牒みたいなものが、1 か月以内に返答しないと資本引き揚げますよと来てしまったわけです。そういう意味では、人権というのは金融機関、投資家が関わる部分が大きくて、日本の大手企業にとって対岸の火事というか、対岸で火事があったことすらほとんど知らなかったような状況が、突然今年になったら洋服に火がついていたというような状況が生じた。待ったなしです。

【柳楽】国別行動計画の策定にあたっては全てのステークホルダーで議論をして作らないといけないと言われていますけれども、たたき台は誰が作らなければならないですよね。投資家や市場との対話を通じてその中で必要な情報を開示する仕組みを作るという話だとすると、金融系の人たちが音頭を取ったほうがいいのではないかと思うのですが。

【高橋】ご指摘のとおりだと思います。国別行動計画は、金融だけではなく様々な分野での課題を色々と洗い出していく過程で進めていく必要があります。一方で、すでに金融の世界では田瀬さんのおっしゃるとおり、企業は投資家から様々なエンゲージメントを受けていて、日本の企業にとっては緊喫の状況であることからすると、証券取引所を始めとして金融業界が国別行動計画に先行してひとつのモデルを作っていくというのも一つの方法だと思います。そこに弁護士としてもグッドプラクティスを議論・共有していことはものすごく重要だと思います。

【柳楽】先程のダイベストメントの話なんかはまさにそうですよね。海外から投資を受けていたところが、これをやっていないと投資を引き揚げられてしまう。そういう状況にあるのだということをまず知ってもらわないといけませんよね。

【田瀬】スチュワードシップコードと並んで重要なのが国連の責任投資原則(Principles for Responsible Investment;PRI)ですけど、極めて重要な動きは日本の年金基金(GPIF)ですね。GPIFが2015年9月に国連の責任投資原則に署名していますが、GPIFは徹底的にこの投資を流行らせたい。今日本の年金基金は自己投資をすることは法律で許されていません。140兆円持っていて勝手に変なものに投資されたら困るからことで機関投資家を通じて投資をするということしか許されていません。しかし、ノルウェーの年金基金は自家運用しています。自家運用しているからこそ、逆に引き上げることもできる。GPIFも自家運用を行うべきではないでしょうか。そうしないと効果が出ないですから。日本のGPIFが自家運用を始めてダイベストメントするぞと言ったら本当にマーケットはびっくりします。そしてそれを求める声が確実にある。そういうところまで流れが来ていて、このGPIFの動きをどうやって僕らが盛り上げていこうかという方策を考えている状況にあります。

国会議員の役割

【柳楽】お話をお聴きしていて、この話は日本の経済戦略・国家戦略として優先度の高いテーマなのではないかと思えてきました。このテーマに対して、国会議員の先生方にはどのような役割を期待しますか。

【高橋】私は国会議員の先生方の役割は非常に重要だと思っています。高橋国別行動計画とは、様々なステークホルダーの方、色々な関係者の方の意見を集約して今の日本の企業における企業が関わるようなビジネスと人権に関する現状を評価した上で今の法律や規制と現状がどの程度ギャップがあるのかを図った上で、ギャップが有るのであれば、それを埋めていくような計画を示していくものです。もしギャップが大きければ立法措置も必要になるかもしれません。立法までいかなくても行政や企業の運用を変えれば埋められる部分があるかもしれません。そういったところに関心を持っていただくことはすごく重要だと思います。ヨーロッパなどでは具体的なサプライチェーン管理や非財務情報開示に関する立法が行われているものですから、ぜひ関心を持っていただいて、勉強会などをしてもらうと、省庁の方々やステークホルダーの関係者にとっても良い刺激になるのではと思っています。

【田瀬】ちょっと違った観点から攻めますね。「くるみん」とか「えるぼし認定」ってご存知ですか。女性の活躍の「えるぼし認定」、それから育児支援の「くるみん」と「プラチナくるみん」というものがありますけど、これが成功しているのです。厚労省が所管していて、一定の基準を満たすと女性の活躍を行っている会社としてえるぼし認定が出る。えるぼしは4段階ぐらいあって、えるぼしを取っていないと公共調達も取れないし、信頼を失うんですよ。この仕組みは情報開示ですよね。情報を出した企業を認定してあげて、認定されている会社には取引が行きますよという形を取った。そういうことを国会議員が後押しする。例えば人権デュー・ディリをやっている会社には人権ボーイとかの認証を作ってあげる。そういうアイデアはいくらでもあると思うので、どこがやるかはおそらく経産省あたりかと思いますけど、そういうときに国会議員や与党がバックアップしてくれると霞が関にとってはとても心強いですよね。そういう議連みたいなものがあっていいと思います。

【柳楽】認証というと、たとえばISOのような規格がありますよね。

【三村】そうですね。そういうスタンダードというか「なんとかマーク」みたいなものがあると企業としては目標を作りやすい。そして、それにより目標を達成しやすくなるんですよね。かつ、これを持っている会社はこういうスタンダードをクリアしていることを示すことができれば、その会社にはデュー・ディリジェンスをしなくてもいいとか、これがあるということだけ示してもらえばこの基準はクリアしたとみなしてもいいということになると、非常に動きやすくなりますね。

【田瀬】そういう基準を日本で作る場合には、ポイントが2つあります。まず国際的な水準と比肩できるものを作らないと絶対ダメです。たとえば今、オリンピックの調達コードにも一定の批判があります。ロンドンやリオのオリンピックに比べると、「今あるビジネス」でも応札・受注ができてしまうのではないかという批判です。これから作る人権の認証がそうなってしまっては求心力を持たないでしょう。もう一つは言葉の問題で、MSCみたいな天然の水産物に関する認証ですけど、英語でしか取れないのでハードルが高すぎる。基準自体はそれほど高くないのに英語で300ページのレポート書いて審査してもらわなければならないので、とてもじゃないけど取れないわけです。なので日本語で国際水準できちん取れるものをセットする。あと、日本独自のものを作るときでも「人権」という言葉は使うことが必須です。「人にやさしい」などの言葉で逃げてはいけません。どうしてかというと、一番最初に申し上げたようにこれは義務とか責任とちゃんと連動している概念であって、「人にやさしい」といった、厳密な責任や義務を負わない概念とは異なるからです。侵害される権利をどのように守るか、あるいは救済するかという社会的・道義的意義があるわけですから「人権」という言葉から逃げてはダメですよね。

【柳楽】そういう認証システムの具体例などがあれば教えていただけますか。

【田瀬】例えばアメリカのウォルマート。ウォルマートは、これまでレスポンシブルソーシング、「責任ある調達」ということで、自社でサプライチェーンを辿っていく力をつけるというのがこれまでの方針だったわけです。ところがウォルマートにはものすごい数のサプライヤーがあります。今年からどうしたかというと、セデックス(Sedex)というイギリスのNGOみたいなものですけど、どういう会社がどういう認証を持っていることをインターネットで検索できるデータベースがあります。ウォルマートのサプライヤーになるためにはセデックスの8つくらいの調達基準のどれかを取っていないと契約しないということにしたわけです。もちろん自分でもデュー・ディリの力は落とさないということなのですが、一つひとつをウォルマートがするのではなく、第三者を使ってそのうちのどれかをしていないとうちの棚には商品を並べないよというこういうやり方を取っています。こういうやり方をすると国際的な認証を取っていないとウォルマートの棚に商品が並ばないですよと。日本では西友がウォルマート傘下なので、日本でもそういうことになった場合に日本の中小がセデックスの認証を持っていないと西友に商品が並ばないということになる。そういうことになると中小の経営にも大きな影響が出てきます。

【三村】先ほどのISOなども既にいいビジネスを作り上げて、そのようなビジネスが世界では多く存在します。日本がそれに乗り遅れると、海外の認証機関に認証されたところとしか取引できなくなり、ますます日本の企業が海外にお金を落とすことになるわけです。日本に立派な認証機関、世界がついてくるような認証機関を作ってしまおうという発想があれば、一つのビジネスが成り立ちますよね。

【柳楽】そう考えると、出遅れるわけにはいきませんね。

【高橋】ただ幸いにもビジネスと人権の分野は2011年に指導原則ができて、ようやくいろんな物事が動き始めてきたという状況です。まだ間に合うのではと私は思っていて、多くの欧米の方もやはり日本がどんな取り組みを行うのか非常に関心を持っています。しかも2020年に東京オリンピックがあるということで、そこまでにどのような日本としてのコミットメントやリーダーシップを発揮するのかということに対して期待している、また注視しているという状況もあると思いますので、リスクに備えるだけではなくて、リーダーシップを発揮していただくために国会議員の先生方に、どのような形を取れば企業を支援していただけるのかご検討していただければありがたいなと思います。

【田瀬】これは日本の企業のリスクを最小化すると共に競争力を高めるチャンスでもあると思うのですけど、国会議員の先生方にもこの問題を知っておいていただきたいと思います。



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