弁政連ニュース

クローズアップ〈座談会〉

「ビジネスと人権」を日本の成長戦略に
~日本企業にフィットしたスタンダード作りを~(2/6)

そもそも「ビジネスと人権」とは?

【柳楽】この「ビジネスと人権」というテーマなんですが、日本ではまだそれほど広く知られていないというか、このテーマに関心を持っている弁護士も国会議員もまだ多くはないというのが現状ではないかと思います。このテーマをよく知らない、あるいは全く知らないという方のために、概要をご説明いただけますでしょうか。

【高橋】企業と人権の関わりというと、差別やハラスメントの問題といった狭い概念の問題と誤解されがちかと思いますが、この「ビジネスと人権」の問題には、例えば児童労働、強制労働、長時間労働・過労自殺や技能実習生の問題などの労働問題も含まれますし、有害化学物質の排出や違法森林伐採によって地域住民が被害を受けるといった環境問題も含まれます。これまで、このような問題への対処でコンプライアンスを超える取組みは企業の社会的責任「CSR」として議論されてきたのですが、CSRはあくまでも企業の自主的な取組みという位置づけでした。このCSRの考え方を大きく変えたのが、2011年の「ビジネスと人権に関する国連指導原則(UNGPs)」です。

この指導原則は、①「人権を保護する国家の義務」、②「人権を尊重する企業の責任」、③「被害者の救済へのアクセスの確保」という3つの柱から成っていて、企業に「人権を尊重する責任」があるということを確認しています。企業活動によって直接または間接的に負の影響を与えているステークホルダーがいるならば、それにしっかり対処して下さいということです。ここで「人権」という言葉を使っているところがポイントで、先ほど申し上げた労働問題や環境問題を「人権」というレンズを通して位置付けることによって、これまでは法的責任の外にある自主的な取組だったものを、そうではなくて法令遵守の課題そのものに引き上げたというところが重要です。もう一つのポイントは、この指導原則は企業のサプライチェーン全体に関わってくるという点です。原材料の調達先や海外工場といった、企業のサプライチェーンにおける間接的な人権への負の影響にも対処することが求められています。この点が非常に重要です。

この国連指導原則は各国の法制度にも大きな影響を与えています。たとえば米国の紛争鉱物規制、英国の現代奴隷法、EUの非財務情報開示指令などです。これらの法令は、企業のサプライチェーンにおいて、環境・社会・労働問題などへの対処を求め、また対処の状況について開示して下さいという法律です。このような法整備が具体化され始めています。

【田瀬】国連においては人権は国家という枠組み、主権という枠組みの中で捉えられてきました。人権という権利を持つ者、ライツホルダーがいるからには、それに対して義務を負う者、デューティーベアラーがいます。これまでの国連の議論では、そのデューティーベアラーを唯一国家と考えていました。しかし、途上国の労働者や子どもの人権はどうかというと、いつまでたっても実現されない。どうしてかというと、主権国家にその意思ないしは能力がないからです。だから国家に義務があると言っているだけではいつまで経っても実現しないのです。そこで考えたのが、この人たちの人権に影響を与えているのは誰かというと、お金を持っている企業だと。この企業にも責任を負わせようと。それが今回の指導原則に出てきた企業の責任です。

2011年の国連指導原則では、「国家の義務(duty)」と「企業の責任(responsibility)」という言葉を使い分けています。実はこれはとても巧妙に仕掛けられているパラダイム・シフトの魁なんです。2011年の指導原則は、企業に人権を尊重する「責任」がありますよということを確認するにとどめたのですが、国際社会には明確に、これを将来的には「義務」にしていこうとする動きがあります。先ほど高橋さんのおっしゃった英国現代奴隷法も、フランスの法律もアメリカの法律も、それを見越した形で、企業の責任を果たさせるために、まず情報開示の義務を課したわけです。人権を守るということそれ自体を義務とはしていないですけれども、情報の開示を義務にすることで人権を尊重する責任を果たしてくださいねという立法をしたわけです。



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