弁政連ニュース

クローズアップ〈座談会〉

依頼者・弁護士間の通信秘密保護制度の確立を(2/4)

依頼者・弁護士通信秘密保護制度とは

【出井】本日は、依頼者・弁護士通信秘密保護制度の対象、当事者である依頼者である事業者の側からと弁護士の側、両方の側から参加していただいております。はじめに「依頼者・弁護士通信秘密保護制度」とは何かについて、山本さんから簡潔にお願いいたします。

【山本】端的にいいますと、弁護士に依頼し相談する依頼者が、弁護士との相談内容、コミュニケーションを秘密にできるというのがこの制度の内容です。日本では、民事・刑事の分野では、この考え方に沿う制度は一定程度ございます。民事訴訟の場合は文書提出命令の除外事由があり、弁護士の守秘義務の対象となる事項を記載した文書や、自己使用文書は除外されています。刑事については、接見交通権、すなわち身体拘束された場合の被疑者などについて弁護士が捜査機関の立会いなく接見できる権利ははっきりしておりまして、かつ、その後たとえば取調官が弁護士との相談内容を聞き出すことを違法とした裁判例もあり、弁護士から受け取った手紙を拘置所で差し押さえたことを違法とした裁判例もあります。ただ、民事でも依頼者の側の証言拒絶権が明確ではなかったり、刑事でも身体拘束されていない場面で依頼者の手元にある情報が捜査対象になった場合どうなるのかなど不明確な部分があるかと思います。大前提として日本の弁護士には守秘義務がありまして、職務上の秘密について証言の拒否ができ、刑事の差し押さえについても拒否権があります。従って、依頼者と弁護士の間のやり取りが弁護士の方から外に出ることはないという点では世界と日本の弁護士の間にそん色はないのですけれども、依頼者の手元にある情報はどうかという点において問題があると考えています。

【出井】ただいま制度がどういうものなのか、それから、民事訴訟・刑事訴訟それぞれにおいて同じような効果を持った仕組みはあること、ただ不完全であるということをご説明いただきました。それでは行政手続ではどうなのでしょうか。

【山本】行政手続に関しては手がかりとなる規定はないと言わざるをえないと思います。独禁法の分野でJASRAC事件(東京高裁2013年9月12日)がありまして、公正取引委員会が弁護士の意見書等を実際に立ち入って留置し、それが審判手続で証拠として使われ、かつその証拠をライバル企業が閲覧する場面で元の企業側が異議を述べて行政訴訟で争ったわけですが、裁判所は、弁護士の意見書等を秘密にする権利は現行法上はないと判断しました。もともと日本の行政調査の分野では手続保障は非常に弱いと言われていましたが、独禁法手続での依頼者弁護士通信秘密保護に関して裁判例でも否定されたのが現状です。

諸外国の状況

【出井】諸外国の状況についてお聞きしたいと思いますが、佐成さんからお願いします。

【佐成】コモンロー上のプリヴィレッジ(privilege)として発達したものですが、英国の場合と米国の場合で違いがあります。とくに20世紀以降ですけど、アメリカ独自の発展を遂げて、かなり強力な制度になったものと思います。個人情報や通信に対して国家が規制している中国などには存在していないことは明瞭ですが、アメリカにおいては自由を担保するために必要な制度であると認識されていると思います。

【下平】大陸欧州については英米法と違う体系からスタートしているのですけど、欧州の競争法当局も弁護士と依頼人からの通信秘密は保護するということがルール化されていると認識しています。ただ、欧州においては「社内弁護士と会社の通信については保護の対象から除く」とされています。

【山本】下平さんがおっしゃったように、山本大陸法系でも弁護士の守秘義務の反射的な権利という形で考え、とくに独禁法・競争法の分野では、当局においても執行を各国で協調・連携して行う中で手続保障としての依頼者・弁護士通信秘密保護が国際的コンセンサスになっています。欧州委員会でも認められていますし、それから例えばオランダ、スウェーデン、トルコなどでは、少なくとも独禁法・競争法の分野では1980年代以降に国内法として導入されています。最近は、メキシコなどでもそれにならって裁判例で認められる動きになっています。

独禁法実務の状況

【出井】独禁法の実務、独禁法調査の実務ではどのようなことが起こっているのか、とくに企業側からみてどういう動きがおこっているのかをお話いただければと思います。下平さんいかがでしょうか。

【下平】先ほど山本先生からお話があったJASRAC事件判決で、弁護士とのやり取りが保護されないということを明確に言われてしまったので、弁護士に相談することが非常にやりにくくなっていると思います。例えばカルテルの疑いのあるような事例が社内で見つかったとすると、まず社内で調査をするわけですが、仮に本当に問題があると思えば自主申告するなり意思決定をしなければなりませんので、そこで当然外部の弁護士のご意見を聞く必要があります。自社にとって不利に見られそうな証拠ほど、外部の弁護士に見ていただいて客観的に評価をいただく必要があるのですが、私どもが相談した内容が公正取引委員会に筒抜けになってしまうといたしますと、弁護士に卒直に相談することが逆に自分にとって不利になるのではないか、と不安になり、弁護士への相談をためらってしまうということになりかねません。そうすると本来外部の弁護士にきちんと評価してもらえば違法の可能性が高いから自主申告をしようとなったような事案であっても、間違った判断を社内でしてしまって後でより大きな問題になることになる。そういったインフォームド・ディシジョンができないというのが一番の問題だと思います。独禁法の世界は海外とのハーモナイゼーションが進んでおり共同調査も行われるので、国際カルテルなどですとアメリカや欧州に広がっていく。日本で通信秘密が保護されていないとなると、日本で相談した内容についてはアメリカの民事訴訟で開示を強制されます。となっていくというようなリスクがあるものですから、国際事件ではどういった形で相談するのかが非常に悩ましくなっているという認識です。

【出井】ただいま依頼者と弁護士の間のやり取りが開示強制させられてしまうということによってどのような問題が起き得るのかについて、この問題の核心に迫ったお話しを伺えたと思います。それでは今度は弁護士の側から見てどのような問題になるのか、山本さんいかがでしょう。

【山本】日本の独禁法の実務に携わっている弁護士の多くは、依頼者に対するアドバイスを書面に残さないようにしており、そのような実務が定着しているといっていいと思います。一つにはアドバイスを依頼者の手元に残すとそれを公正取引委員会が留置して持っていくことを想定しなければならないためですし、また、日本で弁護士とのコミュニケーションが保護されていないことが海外で知られていますので、本来は例えばアメリカの弁護士が日本の本社に直接書面でアドバイスすべきところを、それを避けて日本の弁護士と電話でコミュニケーションするだけにとどめる。あるいは日本企業案件で米欧の弁 護士との電話会議をする際日本の弁護士は外すということさえ、ときには生じていると聞いています。

先ほど下平さんがおっしゃったように、とくに違法の可能性があるという指摘を本来弁護士はすべき立場にあるのですが、それを書面で具体的に伝えられない、ということになります。その後の社内調査をやってもらえればそれが本当に違法なのかがわかるわけですが、社内調査をすることをまず社内で意思決定してもらうためには、法務部の担当者だけの問題ではないわけです。独禁法はかなり複雑なところがあり、こういう場面だったらこうなります、こういう事情があればこうなります等々、いろいろあり得るのです。ある場面ではどうなるかという具体的アドバイスをするような意見を書面でもらわなければ、法務部の担当者は社内でなかなか役員とか営業の役員を含めて説明・説得できない場面もあると思うのですが、それが最初の段階でできない。最初の段階で躓くと、その後本来コミュニケーションにおいて事実解明できるところも進んでいかないことになってしまいます。



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