弁政連ニュース

クローズアップ〈座談会〉

「ビジネスと人権」を日本の成長戦略に
~日本企業にフィットしたスタンダード作りを~(4/6)

日本企業の国際競争力を高めるために

【高橋】日本の企業が法務部門も含めて取組を進めるようになったのは、おそらく2015年に成立した英国現代奴隷法の影響が大きいのではと思っています。英国現代奴隷法はイギリスで事業の一部を行っていて一定の売上がある場合には適用される法律ですので、イギリスで事業を行っている日本企業にも対応が必要ということで取組を検討する企業が多くなっているとは思うのですが、あくまでもこれはイギリスの法律です。このイギリスの法律にどう対応するか、というよりは、本来であれば、日本にもそういう法律や枠組みがあって、日本の企業に即したサプライチェーン管理とは何か、そういうものに即したルールがあったほうがいいのではないか、というように私は思っています。

【田瀬】同感です。田瀬イギリスの現代奴隷法は非常に巧妙な法律で、人権の保護に対してどのような体制や方法論を持っているかということを情報公開しなさいという法律なのですが、情報開示の義務を課されるだけで、かなり情報のマーケットに判断されます。イギリスの政府はそれをしっかり狙っています。十数次、数千社に及ぶサプライチェーンを持つ大企業がその末端に至るまでサプライチェーンを管理して人権を確保できるかというと、現実的に不可能だとみんな思っています。しかし、少なくとも、何らかの方針と方法論をもっておくべきだと。その方法論について開示しなさいというところまで行っています。フランスはもうちょっとその先を行っているのですが、そういう方法論を持つことは日本でもやるべきだと思うし、それが責任ないし義務となってもいいのではないかと思います。

【三村】今の話は私も大賛成でして、日本なりのスタンダードがあったほうが日本の企業として動きやすいと思います。日本人は真面目ですし、労働問題や環境問題にしても、実質的には大きな問題はないと思っています。ただ、日本人はそれを説明するのが非常に苦手な国民だと思っています。「こんなふうにちゃんとやっていますよ」と説明できれば現状のままでも問題はないのに、それができないため、他国から見ると何もやっていない国と同じレベルのように見られてしまう。それでも、日本の経済が良かった時代は世界からもリスペクトされていて、外資系企業でも日本は一つのリージョンとして本社にダイレクトレポートする企業が多く、日本は独自性を保てたので、まだ良かったと思います。しかし、今では世界での日本のポジションは急速に低くなっていて、「アジア地域の一国」という位置づけになっている外資系企業がとても多くなっていると思います。アジア地域の一国ということは、何もなければアジアの他の国と同じ基準に従って取引先のコントロールを行わなければならないということになります。しかし、日本において対外的にも承認されるようなスタンダードがあれば、それに従っていることにより、コントロールが行われていることを示すことができ、日本企業の国際的な競争力を高めていく上でも役に立つのではないかと思います。

【高橋】どういう形でリスクや課題に対応しているのか、その取組状況を非財務情報として開示するためのルールがあった方がいいという議論は、企業の担当者の方からも聞くことがあります。逆に、企業の中では、リスクに関する情報を出すとマスコミから色々叩かれるのではないかというような反発が出てしまって、企業の透明性を高めて企業の取組をアピールするための情報を出したほうがいいのではないかと思いながらもトップのコミットメントがなかなか得られない。そういうことで悩んでらっしゃる企業の方もいると聞いております。その観点から言うと、やはりルールや枠組があって一定範囲の情報を出さざるを得ないということになれば、その中でうまく工夫をしながら企業がいろんな情報を出してくるということになるのではないかと思います。

【田瀬】おっしゃるとおりです。ただ、今の高橋さんの話には前段階があります。今の日本の企業は、情報開示をするという前に、そもそもその情報について知らないことが多いのです。自社について知らないのですよね。これはよく経営者に話をするときに、健康診断に例えるんですよ。会社の競争力と売上は、いわば「筋力」です。サプライチェーン上の人権の話というのは、どちらかというと「内臓」の話なんですよ。内臓の強さを競う競技ってないですよね。競技はないけれども内臓が悪かったら死ぬわけですし、力も出ません。健康診断をやって数字を取っておかないと、どこにどういうリスクがあるのかわからないんですけど、日本の健康診断以前に体重計にも乗っていない。日本人も日本企業も自分のことを知るのが怖いのか、健康診断そのものがとても嫌いです。ましてや情報開示となると二段階のハードルがある。体重計に乗ること。人間ドックに行くこと。それで自分の健康状態を把握した上で開示しろということですからね。ダイエットに一番いいのは毎日体重計に乗ることです。自分についてちゃんとモニタリングしておくことが大事なのですけど、日本の企業はそれができていない。

【高橋】非財務情報開示のルールや、人権デュー・ディリのルールというものは、法律ができる前後に国別行動計画が発表されているケースがあります。例えばイギリスでは、この英国現代奴隷法が2015年にできた後に、既に作られていた国別行動計画を2016年に改訂し、この法律ができたことをアピールしました。また、フランスの人権デュー・ディリ法も2017年の2月にできたのですけど、その2ヶ月後の2017年の4月にフランスでも国別行動計画ができたという流れであります。国別行動計画は、国が企業の人権デュー・ディリに関する期待を示した上で、国連指導原則をどう政策に落とし込んでいくのかその計画を示すものですが、現在の取組をアピールする場にもなりますから、政府が取組をアピールするためにも法律を作っておこうという動きにもなると思います。また国別行動計画ができる前には様々なステークホルダーと議論した上で計画を作るという枠組みになっていますので、その議論の中で法律が必要だという動きも出てくるのかなと感じているような状況です。日本も、2016年 11月に「国別行動計画を数年以内に発表する」というコミットメントを発表して、今後、ルール形成や様々なイニシアチブを策定していくことが期待されています。

【田瀬】国別行動計画の中身について言うと、先ほど来話に出ているとおり、まず情報開示に関するガイドラインは最低限必須だと思います。そこまでは行ってほしいですね。

【柳楽】ただ、「こういう情報を把握したうえで開示しなさい」と義務化すれば、把握するためのコストがかかりますよね。

【三村】そのコストは、何もしないで放置していて後からかかるコストに比べると相当安くなるはずだと思います。日本企業の国際競争力を高めるためにも、そういうことも先んじて実践して、コストはかけなければならない。コンプライアンスにはコストがかかる時代ですので、それに気が付かずに何もやっていないことが、将来的に大きなコストとして降りかかってくるのではないかと思います。

【柳楽】きちんとコストをかけて対応しないと、国際的な競争力を失うことになっていきますよね。そのための内臓を鍛える必要があると。

【田瀬】その話は経営者には響く場合があるのですけど、事業部長クラスにすると「てやんでえ」と。「俺は車の会社だ。社会に貢献しているんだと。もうやっているのだからうるさいこと言うな」という反応が返ってくることがあります。

【高橋】ただ、日本でもルールが全くないわけではなくて、一例ではありますけど、上場企業に適用されるルールとして「コーポレートガバナンスコード」があります。そこで「ESG投資」、つまり、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)と、投資家の目線で見たときの重要な要素が言われていますけれども、その中でもガバナンス、「G」の部分では様々な開示がすでに要求されています。日本のコーポレートガバナンスコードの特徴として、第二章で、株主以外のステークホルダーとの協働という原則がありまして、その中で環境や社会との関係でのサステナビリティに関するリスクを重要なリスク管理の一つとした上で対処すべきと書いておりまして、ほとんどの日本の上場企業は99%この行動を実施しますとコミットしています。ただそれをどういうふうに実施するかということについてはコーポレートガバナンスコードでは開示を要求していませんから、ここを少しもう少し具体化するだけでも、情報開示がより広がるのではないかと。全くゼロから報告書を作るという義務を課すのではなくて、日本の制度として発展させることができるのではないかと思っています。



▲このページのトップへ